第2話  JAMSTECへの道 前編

その2  深海か、毒か

前回まで: 1991年、京都大学農学部3回生の高井研は、春から始める専門研究のテーマを選ぼうとしていた。教官から薦められたのは毒ウイルスか、深海に生きる超好熱菌か。高井は即答した。「時代は分子生物学なんで。毒ウイルスの研究がいいです!」 そして毒ウイルスを研究する先輩のもとを訪れるが・・・・・・

京都大学農学部水産微生物学研究室に配属されて実験に勤しむボク。白衣を着て研究者らしく見えるようになってきたぞ。
(提供:高井研)

紹介された先輩は、現在、独立行政法人水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所の長崎慶三博士だった。長崎さんは、石田先生−左子先生をたらい回し中のボクの話を聞いて、「おおお、毒がやりたいんか、活きのええ若者(ドレイ)が来た」と喜んだが、ボクの同級生が既に「毒遺伝子」をやりたいと言ってきたことを理由に「先生達がなんと言うかな」と不安な表情を見せた。

さすが「チョー生意気」なボクは、「ボクのような優秀かつ情熱に溢れた将来有望の博士課程進学予定者がその研究をやりたいと言っているのに、やらせないアホ大学教官は吊し上げてやりますよ」と言って意気込んだ。

男気溢れる長崎さんは「そこまで言うなら、よし、一緒にやろう」といってくれて、早速、同じ研究テーマ希望のもう一人の同級生と一緒に、決起集会を開くと言って飲みに連れて行ってくれたのだ。

やるでやるで。あこがれの分子生物学&海外留学。目指せノーベル医学・生理学賞。打倒、利根川進! ボクはジュリアナトーキョーなど忘れてこれからの研究に意気揚々だった。

ところが数日後、長崎さんがクラーい顔をして現れた。
「タカイ君。まずいわ〜。まずいことになったで〜」

どうやら英国紳士然の左子先生が、ボクをイタク気に入ったらしく、「アイツには超好熱菌の研究をさせたい」ということで、ボクの知らないところで長崎さんにギュウギュウとオトナの圧力を掛けているらしいということだった。
長崎さんも「もう、キミ、超好熱菌の研究でええやん」といってボクのことはもはや投げ出しがちの様子だった。

でも一つだけとても心に残る事を言ってくれたのだ。

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