第3話  JAMSTECへの道 後編

その2  ヌルすぎるぞ、オマエら!--反抗期の博士課程

前回まで:博士課程の最初の1年間をアメリカで過ごし、全身に刺激を受けまくった高井研は、1995年春、まるで「愛と青春の旅立ち」のラストシーンのリチャード・ギアになったような気持ちで、京都大学の研究室に戻ってきたのだが・・・・・・。

アメリカ留学から帰ってきたボクは、博士課程2年生になっていた。そして高揚感と情熱をたぎらせて日本に戻ってきたボクは、大学の研究室の雰囲気に、昨今のプロ野球選手御用達の便利な言葉、「違和感」、のようなモノを感じていた。

「ヌルイ!ヌルすぎるぞ、オマエら!」

留学前には特に感じなかった研究室の小春日和の午後のような弛緩した空気。それが堪らなくイヤに感じるようになっていた。またその違和感は、かならずしも学部生や修士課程大学院生だけに向けられたモノではなく、研究室の先生達にも向けられていた。

その違和感とともにボクは、これからは京都大学農学部海洋分子微生物学研究室(改組で名前が少し変わった)の「左子先生の学生1号」ではなく、「海洋分子微生物学研究室のタカイとして、生き抜いていかないとイケナイ!」と猛烈に感じ始めていた。

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