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水を背負う人々 APRIL 2010 |
文=ティナ・ローゼンバーグ 写真=リン・ジョンソン 毎日何時間も水くみに費やす女性たち。村の蛇口から水があふれ出て、日々の苦役から解放される日はくるのか。 アイリト・ビナヨの足は山道を知り尽くしている。 ビナヨは8歳のとき学校に行かなくなった。母を手伝ってトイロ川へ水くみに行かなければならなくなったことが理由の一つだ。川の水は不衛生で飲み水には適さないし、ここ数年の干ばつで水量も激減した。だがフォロ村の周辺で水をくめるのはこの川しかない。 ビナヨにとって、生きることはすなわち水をくむことだ。彼女はほかにも、夫を手伝って畑でキャッサバ(トウダイグサ科の芋)やマメを栽培し、ヤギの餌にする牧草を集め、穀物を干し、それをひいて粉にし、食事をつくり、家の敷地を掃除し、まだ幼い3人の息子たちの世話もする。だが数ある家事のなかで、何より重要なのが毎日8時間を費やす水くみの仕事だ。 豊かな国では、蛇口をひねればいくらでも清潔な水を使える。だが世界には、清潔な水が手に入らない人々が9億人近く、排泄(はい せつ)物を安全に処理できない人々が25億人もいる。 こうした人々の多くは野外や川辺で排便し、その川の水を飲み水にしている。だが、そんなずさんな衛生管理が原因で、1年間に死亡する人は世界で330万人を数える。大半が5歳以下の子どもだ。ここエチオピア南部からケニア北部にかけての一帯では、雨不足のために不衛生な水すら手に入らなくなっている。 清潔な水が乏しい土地では、水くみはまず決まって女たちの仕事になる。コンソ地方で、男が水くみ仕事をするのは、女が出産した後の2〜3週間だけだ。少年たちも水くみをするが、7、8歳までの幼い時期に限られる。この掟(おきて)には、男も女も決して背かない。 「大きくなった男の子が水くみをしていると、あの家の女は怠け者だと噂(うわさ)される」と、ビナヨは言う。コンソでは、女は働き者でないと認められない。「山を下りて水をくんでくれば、賢い、働き者の女だと評価してもらえるのです」 厳しい水くみの日常 発展途上国の多くでは、水不足が原因で、不公平が不公平を生む悪循環が繰り返されている。フォロ村の女たちのなかには、1日に5回も川へ下りて水くみをする者がいる。そのうち1回か2回分の水は、夫が飲む自家製のビールに似た飲み物をつくるのに使われる。 私が初めてフォロを訪れたときは、60人ほどの男たちが建物の陰にたむろして、昼前からこのビールを飲みながら談笑していた。女たちは「わずかな間でも座ったり、休んだりすることはできない」とビナヨは言う。 ある暑い日の午後遅く、私はビナヨと一緒に空のポリタンクを持って、川へ水くみに行った。サボテンやイバラが茂る斜面を下ること50分ほどで、私たちは川に着いた。川といっても水が流れているのは1年のうち特定の時期だけで、今は黒い泥のよどむ水たまりが点々と連なる。川岸にはロバや牛の糞(ふん)が散乱している。 すでに40人ほどが水くみに集まっていたため、さらに10分ほど上流へ歩いた所で水をくむことにした。子どもたちが勢いよくぬかるみに踏み込んで、水をかき回している。「跳びはねるんじゃないよ。水が濁っちまうだろう」。ビナヨがそう言って、子どもたちを叱(しか)りつけた。 |
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